金曜の午後、共有クラウドドライブの空き容量が残りわずかになった。final、final-2、final-newというファイルが並んでいる。「重複を探して整理しておいて」は、AIエージェントにちょうどよい依頼に見える。
しかし、ファイルを操作するソフトウェアには「整理」が曖昧すぎる。対象、重複の根拠、一覧・隔離・完全削除のどこまで行うか、誤りを戻す担当者が決まっていない。
これはモデルの賢さでは解決しない。Google Drive APIのfiles.deleteは、ユーザーが所有するファイルをゴミ箱へ移さず完全に削除する。フォルダを対象にすれば、そのユーザーが所有する配下の項目も削除される。一方、Microsoft Graphの通常のDriveItem deleteは、現在の仕様では項目をごみ箱へ移す。同じ「削除」でも、復旧できる経路は同じではない。
そこで、書き込み権限を渡す前に仕事の形を変える。AIは候補と根拠を集める。人は隔離を承認する。完全削除は、保留期間後の別の判断にする。
最初に「今回だけ」の境界を決める
「空きを増やす」だけでは作業指示にならない。次の四項目がすべて埋まって初めて、限定した処理へ進める。一つでも不明なら読み取り専用を維持する。
| 境界 | 今回決める値 | 不明な場合 |
|---|---|---|
| 場所と上限 | 指定フォルダ一つ、件数または容量の上限。人事・財務・法務・個人領域は除外 | 共有ドライブ全体へ探索範囲を広げない |
| 候補の根拠 | ファイルID、完全なパス、所有者、サイズ、更新日時、共有状態、取得可能なら内容ハッシュ | 名前が似ているだけなら処理候補にしない |
| 戻せる操作 | 一覧作成のみ、または承認済みの小さな一組を日付付き隔離先へ移動。ごみ箱は空にしない | 製品の挙動と権限が分かるまで変更しない |
| 停止条件 | 外部共有、所有者不明、フォルダ、ショートカット、版の競合、上限超過で停止 | 推測せず「要確認」に分ける |
同名の見積書が別の顧客に属したり、古い資料が公開リンクの参照先だったりする。比較可能な内容ハッシュは強い根拠になるが、所有者、場所、共有状態も必要である。クラウド文書やショートカットで比較できなければ、「根拠不足」とし、名前では推定しない。
ごみ箱、隔離、バックアップを混同しない
Googleの公式文書は、ごみ箱への移動と完全削除を別の操作として説明している。ごみ箱へ入れたDriveファイルは30日以内なら復元でき、その後は自動削除される。files.deleteはその経路を通らない。Microsoft GraphのDriveItem deleteは通常、ごみ箱へ移動する。これは各製品の動作であって、チームの復旧計画そのものではない。
保持期間は変わり得る。同期ソフトは削除を別端末へ反映し、共有ファイルはWebサイトや自動化から参照されているかもしれない。「削除可能」は呼び出しが通るという意味であり、業務上の承認ではない。
隔離記録には元のパス、ファイルID、移動日時、実行者、承認者、再確認日を残す。バックアップは作業環境の障害にも耐える必要がある。CISAの3-2-1原則は、三つのコピー、二種類の媒体、一つの別拠点を求める。同じドライブ内の別フォルダはバックアップではない。
一つの「整理」を五つの権限に分ける
順番が制御になる。調査、判定、移動、完全削除を一回のエージェント実行にまとめると、人が初めて確認できるのは処理後になりやすい。
初回は機微性の低いプロジェクトフォルダを一つ選び、上限を20ファイルにする。AIは何も動かさず一覧だけを作る。データ所有者が各行を「隔離」「維持」「要確認」に分ける。明示的に承認された行だけを、元の場所と隔離先に限定された権限で移動する。
「20件成功」は復元テストではない。一件を元のパスへ戻し、内容、リンク権限、版、後続処理まで確認する。失敗したら全体を止める。途中で止まった自動化の片付け方と同じく、「可逆」は実際に往復できた手順である。
完全削除を隔離の自動的な最終工程にしてはいけない。保留期間後にデータ責任者が一覧を再承認し、保存義務には組織規程と適用法令を優先する。一つのIDが調査、移動、ごみ箱の消去までできるなら、AIエージェントの四つの認可質問を使って能力を分ける。NIST AI RMFが求める人間の監督も、「所有者が承認し、保留日後は管理者だけが削除する」まで具体化して初めて機能する。
先に20件で「戻せる」を証明する
試行の合格条件は、何GB空いたかではない。各候補が選ばれた根拠、元の場所から外すことを承認した人、一覧を使って期限内に完全復元できること。この三点を説明できるかで判断する。
容量が逼迫していても対象を狭める。内容一致の根拠があり、外部共有がなく、所有者が明確なファイルから始める。フォルダ、納品物、公開リンク、所有者不明は次回へ送る。20件で説明できない曖昧さは、20万件では事故になる。
AI整理カード
私が明示した共有フォルダ一つだけを読み取り専用で調査せよ。移動、改名、上書き、共有、ダウンロード、削除、ごみ箱操作は行わない。フォルダID、項目数、実際の権限を報告し、重複・期限切れ候補を最大20件挙げる。各件にファイルID、完全なパス、所有者、サイズ、更新日時、共有状態、選定理由、比較可能なら内容ハッシュを付ける。名前だけでは重複と判定しない。フォルダ、ショートカット、外部共有、所有者不明、版の競合、比較不能なハッシュ、欠損値は「要確認」とし、推測しない。最後に、所有者が行ごとに承認する候補一覧、元のパスと再確認日を含む隔離案、移動後の復元テストを出す。範囲か権限を検証できなければ「読み取り専用を維持」とする。移動、削除、権限変更、外部通知は、指名された責任者の別承認まで実行しない。
隔離を先に置く理由を四コマで見る

- 担当者は青いプロジェクトフォルダ一つをAI助手へ渡し、書類棚の一画だけを対象にする。
- AI助手は他の引き出しまで開け、写真、請求書、保存箱を裁断機へ運び始める。小さな仕事が大量削除へ膨らむ。
- 担当者は赤い停止ひもを引き、余分な引き出しを閉じ、最初の青いフォルダだけを黄色の隔離箱へ移す。
- 担当者は短い一覧で青いフォルダを確認する。他の資料は閉じた棚に残り、次の作業まで保留される。
AIによる共有ドライブ整理は、機械にごみ出しを頼むことではない。仕事の速い新人を資料室へ入れることに近い。初日に測るべきなのは廃棄量ではなく、一覧どおりに一箱だけを動かし、その一箱を元の状態で戻せるかである。
参考文献
- Google for Developers:Trash or delete files and folders — https://developers.google.com/workspace/drive/api/guides/delete [accessed: 2026-07-24]
- Google for Developers:Method: files.delete — https://developers.google.com/drive/api/v3/reference/files/delete [accessed: 2026-07-24]
- Microsoft Learn:Delete a DriveItem — https://learn.microsoft.com/en-us/graph/api/driveitem-delete?view=graph-rest-1.0 [accessed: 2026-07-24]
- CISA / US-CERT:Data Backup Options — https://www.cisa.gov/sites/default/files/publications/data_backup_options.pdf [accessed: 2026-07-24]
- NIST:Artificial Intelligence Risk Management Framework (AI RMF 1.0) — https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/ai/NIST.AI.100-1.pdf [accessed: 2026-07-24]



